2017年02月12日
アラブ首長国連邦への旅~バスタキヤ地区
英会話教室Kerria(ケリア)です
最後に記事を更新してから
気が付けば約2週間経ってました。。。
ようやくアラブ首長国連邦への旅。。。
続きです
今回ご紹介するのは
「バスタキヤ地区」
どこもかしこも単一色の為
まるで迷路のよう。。。
1690年代に建てられた住宅街であり
その後19世紀中頃から20世紀後半の
1970年代にかけて商人の街へと変化しました
バスタキヤ地区は
ドバイクリークという川沿いに接しており
貿易に最適の場所でもありました
当時のドバイの主な収入源、
天然パールや漁業、
そして生地の生成等は
この地区で行われていたそうで
まさに人々の生活を支えた
中心地だった、旧市街地です
(その後オイルが発掘されて
人々の生活が一気に変わりました。)
また、当時の人々の生活地区を守るように
目隠し壁となるべく建設されたのが
アル・ファヒディ・フォート(要塞)
18世紀後半に建設されたと言われています
その要塞は今はこのように
生まれ変わっています
ドバイ・ミュージアムです
博物館の中の様子
蝋人形も沢山あり
当時どのような生活をしていたのか
手に取るように分かります
バスタキヤ地区は
ドバイで最も古い遺産の一つ
とされています
バスタキヤ地区内にあるモスク
1980年代、都市化に向け
この地域の半分が消滅、
1989年にはこの地区を全て
取り壊しする予定だったようですが
イギリス人建築家の強い想いで
結果取り壊し計画が中止となりました
今では、この地区の建物は
カルチャーセンターやギャラリー、
ホテル、カフェ、オフィス等、
公的機関・民間企業双方で
利用されています
大切な歴史的建造物だから、と
多くは見世物にしてしまったり
場合によっては立入禁止にしてしまいます
しかし見世物にするのではなく
用途は変化させながらも
こうして今も人々の生活に必要とされ
使用される施設としてあり続けていることは
本当にステキだなと思いました
次回は、バスタキヤ地区内の
カルチャーセンターをご紹介致します
最後に記事を更新してから
気が付けば約2週間経ってました。。。
ようやくアラブ首長国連邦への旅。。。
続きです
今回ご紹介するのは
「バスタキヤ地区」
どこもかしこも単一色の為
まるで迷路のよう。。。
1690年代に建てられた住宅街であり
その後19世紀中頃から20世紀後半の
1970年代にかけて商人の街へと変化しました
バスタキヤ地区は
ドバイクリークという川沿いに接しており
貿易に最適の場所でもありました
当時のドバイの主な収入源、
天然パールや漁業、
そして生地の生成等は
この地区で行われていたそうで
まさに人々の生活を支えた
中心地だった、旧市街地です
(その後オイルが発掘されて
人々の生活が一気に変わりました。)
また、当時の人々の生活地区を守るように
目隠し壁となるべく建設されたのが
アル・ファヒディ・フォート(要塞)
18世紀後半に建設されたと言われています
その要塞は今はこのように
生まれ変わっています
ドバイ・ミュージアムです
博物館の中の様子
蝋人形も沢山あり
当時どのような生活をしていたのか
手に取るように分かります
バスタキヤ地区は
ドバイで最も古い遺産の一つ
とされています
バスタキヤ地区内にあるモスク
1980年代、都市化に向け
この地域の半分が消滅、
1989年にはこの地区を全て
取り壊しする予定だったようですが
イギリス人建築家の強い想いで
結果取り壊し計画が中止となりました
今では、この地区の建物は
カルチャーセンターやギャラリー、
ホテル、カフェ、オフィス等、
公的機関・民間企業双方で
利用されています
大切な歴史的建造物だから、と
多くは見世物にしてしまったり
場合によっては立入禁止にしてしまいます
しかし見世物にするのではなく
用途は変化させながらも
こうして今も人々の生活に必要とされ
使用される施設としてあり続けていることは
本当にステキだなと思いました
次回は、バスタキヤ地区内の
カルチャーセンターをご紹介致します
Posted by 英会話教室Kerria at 23:12│Comments(0)
│旅
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。