2019年12月27日
「日本人とは会話が続かない。」pt.2
英会話教室Kerria(ケリア)です
あっという間にクリスマスも過ぎ
もう年の瀬です~
教室では緊急クリスマス
ディナーパーティーも行いました
この報告はまた後程。。。
前回のブログ記事
「日本人とは会話が続かない」pt.1
「日本人とは会話が続かない」
とホザくのは海外に散らばる
非日本人である私の友人らです
原因、見つけられましたか??
私: 昨日何した~?
友: う~ん...特に...何かしたかな...
普通に飯食ったって感じ?
私: そうなんだ、何処で?
友: ○○ってところ、結構うまかったぜ。
私: そうなんだ、何処?北谷?
友: そ、アメリカンビレッジの...blah blah...
私: じゃあ近いね、すぐ行けるね
友: 今度行ってみ。
私: で、何食べたの?
友: あれと...これと~...
私: いいね、じゃあ今度私も行ってみるよ^^
※文体変更しました、内容は変更なし、笑
上記の会話文はあくまで一例ですが
このような会話現象は結構見受けられます
最初の出だし
「昨日何した?」という質問に対し、
上記の会話がQ&A方式
になっていることに気付きましたか?
気付いた方、おめでとうございます
(賞品はありません、笑)
そう、私は質問側、
友人は回答側へと、完全に
役割分担されていますね
質問する側の質問も
なんだかシツコくて
私はイヤです。。。
答える側からすると、
上記はまだしも、
内容によっては
イチイチ訊いてどうする、
自分で調べなさいよ、
と煩わしくさえ感じます
会話がこのようになるのは
まるで面接みたいで
面白くもないし
盛り上がりもなし
訊かなきゃ答えない、
訊いたことだけに答えるのは
つまり相手への興味がない、
という意思の表れです、笑
(貴方と貴方の上司の話ではありません、笑)
でもそうなるのも仕方ないと思うね、
なぜならば、日本語の社会では
「訊いたことだけに答えよ」
という『回答式』になっているからね
日本のバラエティー番組などでも
誰かが色々話しようとすると、
「えっと、それ、ね、訊いてないから、笑」
と、突っ込みが入り爆笑、
という流れを作り出しているものね
遠慮、配慮、空気を読む、
という姿勢が自然に身につく社会
(ものすごく良いところでもあるのですよ)
さて、対して英語だとどうなるのか。。。
私: 昨日何した~?
友: う~ん...特に...何かしたかな...
あ~そうだ、○○と飯食ってきたぜ
私: そうなんだ、何処で?
友: ○○ってところ、結構うまかったぜ。
北谷のアメリカンビレッジにあるんだけど、
メニューも豊富でさ、○○もあるし○○もあるし、
あと何だったかな、あと...○○、○○...
意外に安いんだよ、□yen、
海も見えて雰囲気もいいし
サービスもいいし...
因みに今回は○○と○○を食べたよ、
また行こうと思うけど、
今度お前も一緒に行くか?
私: 是非行きたいね、いつ?
という具合に友人が
ご飯を食べたレストランについて
あれこれと話し始めることにより
早いうちに既に会話に
膨らみが出て始めています
どうでもいいと思われるような小さな情報も
「友人」は「私」に訊かれるのを待つことなく
先に発言することで、今度は
「私」が内容に対して質問をしたり
更に話題を膨らませることもでき、
牽いてはキャッチボール的な
リズムある会話になるわけです
これ、日本だと、人によっては
「アンタ何、そのレストランの回し者?プププ~」
とか言われて、またもや笑われる始末。。。
話は『控えめにする』のが美とされる日本語、
質問に対して『適切な返答』が存在するのが日本語、
『言わなくても分かるでしょ』という空気感、
それが日々のテレビ番組にもよくよく観ると
しっかり盛り込まれているのが感じられます
対して英語は
聖書にも書かれているとおり
『はじめに言葉ありき』、つまり、
『言わねば、言葉にせねば分からぬ』
ということ
「とりあえず何でもいいから言う」が勝ち、
だって、聞き手は本当にちゃんと
聞いているかなんて分からない、というか
大抵話すのに忙しくて相手のことなんて
半分以上は聞いていないだろうからね、笑
(翌日まで覚えていたら多分其奴はサヴァンだね、笑)
聞き手、受動的な日本語と
話し手、能動的な英語
多くの人達は、会話ができない理由を
「英語ができないから」と言うけど
本当に「英語」だけのせい。。。??
どうやったら会話が続きますか?
単語をたくさん覚えることですか?
という悩みを聞くけれど、
単語を沢山覚えないといけないのは
これ当然過ぎて避けられませんが、笑
(だって受験前にイヤと言う程覚えたでしょ?)
それと同時に、
日本人が英語話者と話をするときは
「どうでもいい」と思われる細かいことも
自ら投げてみること、すこしでもいいから
自己の情報を開示することが大切でもあります
Yes, Noの回答や
○○行って、家帰って、寝ました、
というただのつまらぬ報告ではなく、
○○行って、○○見て、○○買って、
○円払って...だけど高いなと思った、
高いと思わない??等、
自分の行動と思いを細かく刻み、
ときどきサラリと相手に
質問を投げてみる思いやり
自分のことを、それこそ
どうでもいいと自分では思うことさえも
もっとオープンに話し、
会話をコネコネ膨らまし、
相手に関心を寄せている意思表示を
しっかりと「言葉」で表すことで
様々な国籍を持つ人々との
国際的交流が徐々に
深まるのだと思います
あっという間にクリスマスも過ぎ
もう年の瀬です~
教室では緊急クリスマス
ディナーパーティーも行いました
この報告はまた後程。。。
前回のブログ記事
「日本人とは会話が続かない」pt.1
「日本人とは会話が続かない」
とホザくのは海外に散らばる
非日本人である私の友人らです
原因、見つけられましたか??
私: 昨日何した~?
友: う~ん...特に...何かしたかな...
普通に飯食ったって感じ?
私: そうなんだ、何処で?
友: ○○ってところ、結構うまかったぜ。
私: そうなんだ、何処?北谷?
友: そ、アメリカンビレッジの...blah blah...
私: じゃあ近いね、すぐ行けるね
友: 今度行ってみ。
私: で、何食べたの?
友: あれと...これと~...
私: いいね、じゃあ今度私も行ってみるよ^^
※文体変更しました、内容は変更なし、笑
上記の会話文はあくまで一例ですが
このような会話現象は結構見受けられます
最初の出だし
「昨日何した?」という質問に対し、
上記の会話がQ&A方式
になっていることに気付きましたか?
気付いた方、おめでとうございます
(賞品はありません、笑)
そう、私は質問側、
友人は回答側へと、完全に
役割分担されていますね
質問する側の質問も
なんだかシツコくて
私はイヤです。。。
答える側からすると、
上記はまだしも、
内容によっては
イチイチ訊いてどうする、
自分で調べなさいよ、
と煩わしくさえ感じます
会話がこのようになるのは
まるで面接みたいで
面白くもないし
盛り上がりもなし
訊かなきゃ答えない、
訊いたことだけに答えるのは
つまり相手への興味がない、
という意思の表れです、笑
(貴方と貴方の上司の話ではありません、笑)
でもそうなるのも仕方ないと思うね、
なぜならば、日本語の社会では
「訊いたことだけに答えよ」
という『回答式』になっているからね
日本のバラエティー番組などでも
誰かが色々話しようとすると、
「えっと、それ、ね、訊いてないから、笑」
と、突っ込みが入り爆笑、
という流れを作り出しているものね
遠慮、配慮、空気を読む、
という姿勢が自然に身につく社会
(ものすごく良いところでもあるのですよ)
さて、対して英語だとどうなるのか。。。
私: 昨日何した~?
友: う~ん...特に...何かしたかな...
あ~そうだ、○○と飯食ってきたぜ
私: そうなんだ、何処で?
友: ○○ってところ、結構うまかったぜ。
北谷のアメリカンビレッジにあるんだけど、
メニューも豊富でさ、○○もあるし○○もあるし、
あと何だったかな、あと...○○、○○...
意外に安いんだよ、□yen、
海も見えて雰囲気もいいし
サービスもいいし...
因みに今回は○○と○○を食べたよ、
また行こうと思うけど、
今度お前も一緒に行くか?
私: 是非行きたいね、いつ?
という具合に友人が
ご飯を食べたレストランについて
あれこれと話し始めることにより
早いうちに既に会話に
膨らみが出て始めています
どうでもいいと思われるような小さな情報も
「友人」は「私」に訊かれるのを待つことなく
先に発言することで、今度は
「私」が内容に対して質問をしたり
更に話題を膨らませることもでき、
牽いてはキャッチボール的な
リズムある会話になるわけです
これ、日本だと、人によっては
「アンタ何、そのレストランの回し者?プププ~」
とか言われて、またもや笑われる始末。。。
話は『控えめにする』のが美とされる日本語、
質問に対して『適切な返答』が存在するのが日本語、
『言わなくても分かるでしょ』という空気感、
それが日々のテレビ番組にもよくよく観ると
しっかり盛り込まれているのが感じられます
対して英語は
聖書にも書かれているとおり
『はじめに言葉ありき』、つまり、
『言わねば、言葉にせねば分からぬ』
ということ
「とりあえず何でもいいから言う」が勝ち、
だって、聞き手は本当にちゃんと
聞いているかなんて分からない、というか
大抵話すのに忙しくて相手のことなんて
半分以上は聞いていないだろうからね、笑
(翌日まで覚えていたら多分其奴はサヴァンだね、笑)
聞き手、受動的な日本語と
話し手、能動的な英語
多くの人達は、会話ができない理由を
「英語ができないから」と言うけど
本当に「英語」だけのせい。。。??
どうやったら会話が続きますか?
単語をたくさん覚えることですか?
という悩みを聞くけれど、
単語を沢山覚えないといけないのは
これ当然過ぎて避けられませんが、笑
(だって受験前にイヤと言う程覚えたでしょ?)
それと同時に、
日本人が英語話者と話をするときは
「どうでもいい」と思われる細かいことも
自ら投げてみること、すこしでもいいから
自己の情報を開示することが大切でもあります
Yes, Noの回答や
○○行って、家帰って、寝ました、
というただのつまらぬ報告ではなく、
○○行って、○○見て、○○買って、
○円払って...だけど高いなと思った、
高いと思わない??等、
自分の行動と思いを細かく刻み、
ときどきサラリと相手に
質問を投げてみる思いやり
自分のことを、それこそ
どうでもいいと自分では思うことさえも
もっとオープンに話し、
会話をコネコネ膨らまし、
相手に関心を寄せている意思表示を
しっかりと「言葉」で表すことで
様々な国籍を持つ人々との
国際的交流が徐々に
深まるのだと思います
Posted by 英会話教室Kerria at 18:24│Comments(0)
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